5G(第5世代通信方式)の実用化が始まった。世界最大のモバイルの祭典「MWC Barcelona」(旧称:Mobile World Congress)では、多くの5Gスマートフォンが並んだ。その一方、通信機器(基地局や基幹ネットワーク)のメーカーは、次の標的を「IIoT(産業用IoT)」とし、そのための自営網構築を語っていた。産業利用で期待されるのは、低遅延性や、高信頼性を活かした利用だが、その第一に挙げられるのが「運転」だ。
【写真0】名称はMWC Barcelonaとなったが、今年も約10万7000人の来場者を得たグラン・ビア(Gran Via)
今年から「MWC」と名前を変えたMobile World Congressは、例年と同じくスペイン・カタルーニャ州のバルセロナで開催された。会場も同じグラン・ビアとモンジュイックだ。昨年までと大きく違ったのは、顔認証の導入。あらかじめ写真をアップロードして、バッジ受取時に本人確認が取れれば、顔認証でスイスイ入場できる、はずだった。
初日の入口は、旧来の「バッジ+ID(パスポート等)」を人がチェックする側はスイスイで、顔認証は大混乱となった。どうも、アップロードした写真ではうまく認証できない例が続出した模様だ。見たところ、初日は認証が通って通過できたのは10人に1人くらいのようだった(写真1)。
【写真1】今年から本格導入の顔認証は、初日は大混乱で行列ができたが、データを修正した後はスイスイと通り抜けられた
ただし、主催者の緊急対応は素晴らしかった。ゲート横にはタブレットを持った担当者がいて、認識できなかった来場者の顔を再撮影、その場でアップロードしていた。現地で撮影した画像で、問題なく入場できる人がほとんどとなった。2日目からは、顔認証は威力を発揮し、列らしい列は見当たらなかった。カメラ前で立ち止まるように指示されるが、近づいた段階で認証完了。非常に円滑だった。
会場内には、5Gスマートフォンが並んでいた。ほとんどの携帯機メーカーに主要半導体(システムLSI、無線モデム、無線モジュール)を供給している米Qualcommのブースには、各社のスマートフォンや5G機器が置かれていた(写真2)。欧米市場を狙ったものはミリ波帯(5Gの世界では20GHz帯以上)とSub-6GHz(6GHz帯以下)の両方の機能を搭載する。一方、中国国内向けの機種は、Sub-6GHzだけだった。
【写真2】Qualcommブースに並んだ5G機器。ほぼ全ての5G機メーカーに無線技術を供給している
会場では、天井にアンテナを置き、実際に送受信を行って完成していることを見せていた。この業界の人は、電波を出すことを「電波を吹く」と表現する。放送や衛星通信の業界とは異なる表現ができているようだ。
スマートフォンは、現在公開されているのは「第1世代」だが、QualcommのCristiano Amon社長は「(3G携帯機などと異なり)第1世代だからボディは大きく電池は持たない、などということはない」と完成度の高さを誇っていた。規格化が約1年前倒しされたため、半導体開発は非常にタイトなスケジュールで進められたに違いない。休む間もなく、第2世代の半導体も開発されている。各社の開発競争は続いている。
MWCの会場で華やかなのはスマートフォンだが、通信機器各社は「スマホの次」に向けて歩を進めていた。5Gの特徴は、超高速性、低遅延性、超高信頼性、大容量性などが挙げられている。最初の段階で実現できるのは、超高速性程度だ。しかし、低遅延性と超高信頼性が実現すると、色々な事が変わってくる。
たとえば、遅延が短くなるばかりか、遅延のブレも極めて狭い範囲内に抑えられていると、電線同様に利用できる。このため、工場内の産業用ロボットの制御も無線化しようという動きが出ている(写真3)。このような、産業用の通信がIIoTと呼ばれている。
【写真3】工場内に5G信号を伝えれば、産業用ロボットの無線化が可能になると期待されている。
電池駆動すれば、完全無線化も達成できる
IIoTに使う通信は、場合によっては通信事業者を介さない。工場内だけの5G無線システムを使う。「自営」型と言われるもので「Enterprise LAN」といった表現もなされている。これなら、ロボットの腕が動く毎に課金されることはない。
自営型かどうかは別として、この低遅延性や高信頼性を自動車や列車の遠隔運転に使うアイデアもある。Ericsson(スウェーデン)のブースでは、約2500km離れたスウェーデンのテストコース(AstaZero)に置かれた実験用トラックとつないで、バルセロナから運転するデモも行われた(写真4)。遠隔運転を試した人に尋ねると、実験に使った時速5kmでは、違和感なく運転できたという。
【写真4】5Gを用いて、約2500km離れたテストコースのトラックを運転するデモ。
以前のデモは約50kmの距離だったが、今回は大幅に距離を伸ばした
デモは無かったが、鉄道でも同様の概念が示された。運転士は遠隔地にいて、列車をリモートコントロールする。道路に比べて、鉄道の方が条件が安定している。実現は早そうだ。
遠隔運転を採用すれば、運転者(運転手・運転士)の配置に悩まなくて良くなる。一定の休憩時間さえ取れば、どこにある車両でも運転できる。従来は、車両と運転者は組み合わさっており、車両がある場所に運転者もいた。そのため、「運転者のやりくり」といった問題が発生したり、運転者が無為に空き時間を過ごすこともあった。「運転センター」に運転者を集め無線で遠隔運転すれば、目的地に到着したら、すぐに別の場所にいる車両を動かすこともできるだろう。もちろん、休憩時間は必要だが、運転者が搭乗するのに比べて大幅に効率を上げられそうだ。この辺が、注目の理由だ。
MWCの間、市内での移動は地下鉄を利用した。今年も、MWC期間中にストライキが決行され、朝の通勤時間帯は平常時の65%(保証値)の本数といったアナウンスが流れていた。それでも、ホームに人があふれること無く、「ちょっと混んでいる」程度の混雑度でメトロは動いていた。滑り込んでくる地下鉄の運転席を見ていると、膝の上のタブレットに目をやりながら運転していたり、運転室の別の乗務員と話ながらやってきたり、となかなか個性的だ。日本でも、大昔は「阪神巨人戦」をラジオで聞きながら電車を走らせていることもあったから、のんびりしたものなのだろう。こんな運転も、センター型の運転に替わるのだろうか。
昭和初期の文部省唱歌「電車ごっこ」では、運転するのは「運転手」であり、「運転士」ではない。当時は区別は無かったのか、などと考えながら、地下鉄「グローリーズ(Glòries)」駅から地上に出ると、目の前に「メトロン星人」が立って、いや建っていた(写真5)。建築家アントニ・ガウディで知られるこの町には、目を見張る建築物が多い。伊東豊雄氏や磯崎新氏の作品もいくつもある。そして、それらの多くは、形ばかりか色彩的にも豊かな主張がある。メトロン星人もまさにそうだ。
【写真5】ユニークな形状と色彩のTorre Glòries。以前は水道会社の建物で、噴水をイメージしたとか。
外側を、開閉制御可能な多数の小さな窓が覆っている。これまたユニーク
メトロン星人ビルの前には、トラム(路面電車)の線路があった。午後の街は、学校帰りとおぼしき大学生であふれていた。人といつ接触するか分からない場所では、自動車であれ列車であれ遠隔運転は無理そうだ。遠隔運転は、まずは線路内に立ち入れないつくりの鉄道から始まり、やがて高速道路、特定の道路へと拡がろう。そして最終的に自動運転となる。遠くに、サグラダ・ファミリア(写真6)を見ながら、運転の将来を考えた。
【写真6】夕暮れのバルセロナ。遠くに見えるサグラダ・ファミリアは2026年完成目指して工事が続いている
杉沼浩司(すぎぬま こうじ)
日本大学生産工学部 講師(非常勤)/映像新聞 論説委員
カリフォルニア大学アーバイン校Ph.D.(電気・計算機工学)
いくつかの起業の後、ソニー(株)にて研究開発を担当。現在は、旅する計算機屋として活動中。