民生技術の総合展示会「CES2019(以下、CES)」(主催:米CTA)が1月8日から11日まで、ラスベガス(米国ネバダ州)で開催された(写真1)。一時話題だった自動運転は、どうも減速気味。プロセッサを作る各社は、ゲーム利用への傾斜を強めていた。話題のAIは、姿が見えないので「AIでやっています」と言われれば納得するしかない。そのような訳で、CESが不作だったとの声もあるが、何年に一回かはあること。それに、今回見つけられなかったところに何かあるかも知れない。なにしろ、4,500社もの出展があった。見て回れたのは、ほんの一部分に過ぎない。
【写真1】Las Vegas Convention Centerの外壁には、さまざまな企業の広告が掲出される。
昨年、今年はGoogleが目立っている。家電メーカーは隅っこ
CESは、巨大だ。展示エリアだけで、市内3ヵ所を使い、2つの展示会場(Las Vegas Convention CenterとSands Expo Center)ばかりか、周囲のホテルも使用する「展示会群」となっている。この会場に、昨年は18万2198人が来場した。今年も、ほぼ同水準とみられる。
人気が高い初日、2日目は会場の混雑も激しい(写真2)。満員電車に慣れている日本の人々は身のこなしもこなれているが、人混みを知らない人達も多い。会場での移動は大変そうだった。この2日間、ホテル代も高くなる。1泊35ドルだったホテルの部屋が、開催前日は240ドル、そして初日晩は500ドルになっていた。500ドルが2日間続き、また240ドルへ、そして60ドルへと下がってゆく。価格は需要と供給のバランスで決まるとは言え、15倍近い価格差を正当化するものは何だろうか、と考えたくなる。
【写真2】18万人が訪れたCES2019。この写真はSouth Hall(1F)で撮影した。近年、家電の展示ホールは歩きやすくなってきている
今回のCESは、連邦政府閉鎖の影響を受けた(写真3)。なぜCESに影響、と思われるかも知れない。連邦政府関係者が来場できなくなり、予定されていた講演がキャンセルされたのだ。高官としては、USDOT(運輸省)のElaine Chao長官(大臣)の講演が吹っ飛んだ。コネクテッドカーに関する法律、ドローン(無人機)政策などの話題が期待されていたが、これらを知る機会が失われてしまった。
【写真3】連邦政府閉鎖の一例(Honoluluの連邦航空局)。必要不可欠業務以外は停止している
CESでは、一昨年まではFCC(連邦通信委員会)の委員長を招いて講演やCTAのCEOであるGary Shapiro氏との対談の場を設定することが多かった。CTAが招く高官が通信関連から運輸関連に変化したことは、「ホットな分野」も移動したと考えられる。
CESで、技術面で最も目立ったものは、LG電子が参考出品した「巻き取りテレビ」だろう(写真4)。スクリーン部分を巻き取ることができる。有機EL(OLED)で作られており、非常に薄いスクリーンだ。床に置いた箱の中に巻き取り機構があるようで、この箱からスルスルとスクリーンが昇ってくる。スクリーン裏に「X」型の保持機構があり、これで支えている。
【写真4】LG電子の「巻き取り」テレビ。窓際にテレビを置くならばよさそうだ。次世代機は、是非とも「つり下げ型」にして欲しい
なかなか良いのであるが、残念なのは巻き取り径が大きいこと。直径30cm位の巻き取り径と思われる。それゆえ、箱もかなり大きい。これが、直管蛍光灯(もうすぐ死語になるか?)のケースくらいの太さだと、部屋につり下げるのにちょうどよい。今回展示されたものは床置きであるし、とにかく大きい、現行のOLEDテレビを置いた方が底面積は少ないのではないかと思えてくる。窓に取り付けるブラインド、これが目指す形だろう。現在、大型OLEDを作れるのはLG電子であるだけに、今後の発展が大いに期待される。
記念写真に自分が収まる自撮り(Selfie:セルフィー)は、真の「記念」に使える。シャッター役が居なくて良いのだから、こんなに良いことはない。ただ、今のスマートフォンでは、どんなに腕を伸ばしても全員が入りきらない場合もある。こんな時に使えるのが、小型ドローン(マルチコプター)による撮影だ。
少し前まで、マルチコプターというとしっかりしたボディでかさばるものだったが、今は小さい。何年か前から、イギリスのExtreme Fliers社はMicro Droneシリーズを開発、販売していた。手のひらサイズのドローンだ。最新型は2015年発表で改良が待たれていたが、今回、より小型でスムースな飛行をする「Micro Drone4.0」を公開した。自撮りを意識しており、後部のスイッチを3回クリックするとホバリング(空中停止)モードになるという。もちろん、コントローラを使って任意の場所に飛ばすこともできる。1月29日発売開始というから、春には製品が入手できるだろう。
より自撮りに集中したものとしては、イスラエルのSELFLYが開発し、AEE(中国)が製造する「スマホケース型ドローン」がある(写真5)。スマートフォンのケース自体がドローンになっていて、カチカチとパーツを開くと飛び始める。HDカメラを搭載しているというから、自撮りにはちょうどよさそうだ。
【写真5】SELFLY社のスマートフォンケース型自撮り専用ドローン。99ドルで売り出すという
プロが使うドローンには色々な議論がある。しかし、一般の消費者が自撮りのために数秒飛ばすドローンは、安全策さえ施されていれば「手軽な玩具」として扱えそうだ。自撮りがますます華やかになるだろう。
今回、CESというイベントの中では、自動運転は大人しかった。これまでのCESで、最終目標であるレベル5は語った。そして、一般消費者には、次のモデルで自動運転が導入されるのではないかという過度な期待も生じている。マーケティングのためにも、メーカーもレベル2(ハンドル操作と加減速操作の両方を連携して自動で行う運転支援)であっても「自動運転」と呼びたがっている。本来、この段階では自動運転では無く、運転支援と呼ぶことになっている。自動運転と呼んでしまっているが、来年のモデルも家まで、会社まで、スーパーマーケットまで自分を連れて行ってはくれない。CESで各社が自動運転に対して静かになったのは「この間語っていた自動運転はどうなった」と消費者の反発が出るのを警戒しているのか、とも考えてしまう。
そんな邪推をよそに、Las Vegasの街中では自動運転車両が走っていた。大手部品メーカーAPTIV(登記上の本社はアイルランド:旧称はDelphi)が開発した自動運転車で、配車サービス大手の米Lyftと共同で運用実験中のものだ。Las Vegasに到着したら、Lyftのアプリケーションから「自動運転実験中です。乗りますか?(=あなたに、配車してもよいですか?)」の確認が届いた。もちろん「Yes」を押下した(写真6)。
【写真6】Lyftから届いた「自動運転車に乗りますか?」確認。前席に2名乗車していることが記されている
残念ながら、公道では試せなかったが、街中を走っている様子は何度も眺めた(写真7)。運良く配車された知人によれば、運転手が乗っているばかりか、助手席に自動運転担当者も乗っているという。ホテル敷地内などの私有地は自動運転できないことに加えて、警察官の手信号や緊急自動車接近への対応ができないという。現在、市内で30台が朝6時から深夜まで運用している。昨年CESでデモを行った後、5月から有償実証実験を行い、これまでに、30,000回の運行を果たしたと言うから大したものだ。
【写真7】中心地Las Vegas Blvd.(通称:Strip)を走る自動運転車。
9台のLiDAR、10台のレーダーを装備しているという。カメラは意外に少なく2台
ところで、自動運転車でチップはどうなるかと思ったが、この場合はチップは不要とのことだった。その意味では、お客にとって楽かも知れない。
紆余曲折はあっても、技術は着実に進歩し、我々の生活はより便利になりそうだ。18万人の人混みをかき分け、来年のCESに行く元気が出てきた。
杉沼浩司(すぎぬま こうじ)
日本大学生産工学部 講師(非常勤)/映像新聞 論説委員
カリフォルニア大学アーバイン校Ph.D.(電気・計算機工学)
いくつかの起業の後、ソニー(株)にて研究開発を担当。現在は、旅する計算機屋として活動中。