6月に開催された欧州有数のITの祭典「CEBIT」は、12万人の来場者を得て終了した。昔の何十万人も来た頃とは来場者の意味づけが違う、と主催者は言う。確かに。街中の高校生がグッズを集めに来たのではないかと思われた2000年代前半とは様変わりだ。何によって来場者にアピールし、何をもって展示が成功としたらよいのか、展示会におけるIT製品の見せ方について、考えさせられるイベントだった。
CEBIT(以前は、CeBITと表記されていた)は、今年からITの「祭典」となった。英語では「Festival」と呼んでいて、展示会である「Exhibition」と明確に区別していた。何が展示会で、何がフェスティバルなのか、主催者からの説明は無かったが、イベント性の多寡によるようだ。
今回、大きな観覧車が建ったのは先月にも書いたが、その直径は40mとわかった。このSAPが提供した観覧車と、もう一つはクレーンでつり上げる「空中遊覧」(こちらはIBMの提供:写真1)が二大空中イベントとなる。その間にコンサート会場が置かれ、夜11時頃までイベントが開催されていたらしい。
【写真1】CEBITで催されていた「空中遊覧」はIBMが提供していた。
このような「飲めや歌えや」ではないイベントとしては、講演会(コンファレンス)がある。日本で「コンファレンス」というと「会議」と訳されるが、実際に覗いてみるとやっていることはまさに講演会で会議ではない。こちらは、有料のものが多く、主催者の財源にもなっているようだ。コンファレンスには、いろいろな業界の「スター」が来たようで、確かにひと目を惹きそうだ。
閉会前に催された記者会見では、主催者が「CEBITによりどれだけのビジネスがなされたかが重要だ」と語っていた(写真2)。確かに、来場者数ではなく、成約件数や成約額の大きさでイベントの成否を測ることには一理ある。ただ、IT投資はそこそこの金額であろうから、イベントの期間中に契約が結ばれることと、期間中に交渉が始まったことは一致しないのではないか、との思いもある。欧州では、有名な航空ショー(Farnborough International AirshowとParis Air Show)が開催され、ここで航空機の購入契約が華々しく締結されるが、事前の交渉はかなり前からなされている。ショーで見て、数千億円相当の買い物をすぐに決める、ということはまずない。同様に、ITの導入も事前の準備があって契約に至るものであろうから、「このイベントで成約」といっても、イベントのお陰で交渉が始まったのか、イベントは単に最後のセレモニーなのかが分からないのだ。
【写真2】ラップアップ記者会見で、主催者は成功を強調していた。
CeBITを初めて訪れたとき、驚かされたのはブースの規模だった。日本やアメリカの展示会には見られないブースの広さもさることながら、2階建て構造には本当に驚いた(写真3)。場所が足りなくて2階建てなのではない。2階は、商談スペース。ちょっとしたレストランの機能を兼ねており、ブースの中でビジネスランチが可能だ。
【写真3】2階建てのブースが当たり前のようにあった2000年のCeBIT。
ところが、このようなブースは次第に姿を消していった。大型商談が消え販売数で勝負するようになったためなのか、それともIT産業が売るものの種類が変わったためなのか、どちらだろうか。今年のCEBITでは、2階建てブースの記憶がない。もちろん、ブースの中に装飾として塔が建っていたりするのだが、商談コーナーが2階にあるブースはあったのだろうか。
CEBITは、既存のIT企業だけでなく、新興企業(スタートアップ)の展示にも力を入れている。既存企業はブースを構えるが、新興企業は机一つの「スタンド」で出展している。このような会社を集めてパビリオンを作り、そこで見せているのだ。机一つであるから、装飾はほとんどできない。バナーを掲げたり、パネルを出す程度だ。こうなると、中身で勝負することになる(写真4)。
【写真4】スタートアップは、バナー1枚と机一つで展示に臨む。創業者が熱を込めて話してくれる楽しいコーナーだ。
スタートアップのスタンドでは、担当者が目が合うと「見ていかない」と誘ってくれることが多い。「どんな展示?」と尋ねると、「ははん、これは相手(筆者のこと)はウチの製品を知らないな」と察知して、「我々は、○○を開発していて、これがその最新版」というように、簡潔に最初から説明してくれる。そのまま、デモに誘導し、実際に動かしながら見せるといった流れになる。
一方、既にこちらが知っているソフトやサービスであったりすると「どうやって○○を実現しているの?」とか「○○はどれ位の処理能力を持つの?」といった尋ね方になる。相手も、質問の的確さから当方の経験値を読み取り、情報をくれる。
スタートアップの場合、「創業者=開発者」であることが多いので、何を聞いても答えてくれるのが嬉しい。それこそ、起業の経緯から失敗談、そして最初の顧客をどう得たかといった話が、当事者として語られるから話も面白い。
大企業の中にも、かなり深い話をしてくれるところがある。AIをサプライチェーンに適用して、問題点発見を行っているある大企業は、研究から商品(サービス)にどう成長したかを話してくれた。もちろん、担当者は当事者であり「自分が、○○の問題で現地に送り込まれた」と言っている。AIをサプライチェーンの問題点発見と改善提案にどう使うか、カタログを見ただけでは理解できなかったが、話して貰うと納得できる。
スタートアップにしろ大企業にしろ、話してくれるのは「セールストーク」ではなく、「In-depth-story」だ。文字通り「深い話(突っ込んだ話)」だから面白いし、理解につながる。同じ製品でも10人の開発者にとっては10の「深い話」があるだろう。こちらの尋ね方次第で、返ってくる情報も変わる。それが、担当者と会うことのメリットだ。
30年前の展示会は、「バッグ」で勝負した。ブースで配ったバッグを帰路につく人々が使ってくれれば「歩く広告」となる、というわけだ。20年前の展示会は、「おみやげ(Give Away)」で勝負だった。カタログからグッズから、とにかく沢山のモノが渡された(写真5)。10年ほど前から「情報」で勝負となり、グッズは影を潜め代わって光メディアやUSBメモリが配られるようになった。今でも、情報は配られるが、QRコードで「ここをアクセスして見てみて」と示されることも多い。
【写真5】2001年の写真には、アドバルーンをくくりつけた人(右手前)が写っていた。このバルーンで空が埋まった。
実際、展示会出張の際の荷物はどんどん小さくなっている。2000年代前半が最も大きな荷物で、帰路に備えてスーツケースをもう一つ持参したこともある。2000年代後半は、現地にスキャナーを持ち込んで極力紙を減らしていた。ここ2年は、スーツケースのサイズを小さくしている(写真6)。それでも、十分に情報を得られる。ペーパーレス化は着実に進行しているようだ。
【写真6】山の上、奥に置かれてタグが目立つのが筆者の中型スーツケース。以前はCeBITには大型を使用した。この後、荷物はパリで休暇を取って、帰国したのは持ち主より1週間以上遅れた。
持ち帰るものが「モノ」から「情報」になったとき、持って来た情報が生きるためには、本人が「腑に落ちている」ことが鍵となる。腑に落ちずに持って来た情報は、どこにでもあるものと変わらない。腑に落ちた時、それは「ユーザー経験」が乗り移ったものとなり、「満足度」を持って来たといえるだろう。
CEBITでは、いくつものブースやスタンドで、ユーザー経験を貰って(?)来た。たとえ、その製品を使っていなくても「勘所を掴んだ」感じて帰って来ることができた。ネットで多くの情報は得られるが、まだまだ体験を伝えるのは難しい。「ネットで予習、展示会で実感」といった連係プレーが効きそうだ。
杉沼浩司(すぎぬま こうじ)
日本大学生産工学部 講師(非常勤)/映像新聞 論説委員
カリフォルニア大学アーバイン校Ph.D.(電気・計算機工学)
いくつかの起業の後、ソニー(株)にて研究開発を担当。現在は、旅する計算機屋として活動中。