ドイツで開催されるIT展示会「CeBIT」は、世界最大のITイベントとして知られてきた。手許の資料では、「CeBIT2007」の際は48万人の来場者を記録している。このイベント、今年から「祭典」に模様替えした。開催時期も従来の3月から6月に変更になった。主催する Deutsche Messeは「6月は昼も長い。屋外イベントを楽しんで欲しい」と変革を強調していた。名前も「CEBIT」と全て大文字になり模様替えしたイベントを覗いてきた。
ITの祭典「CEBIT2018」は、ドイツ北部のHannover市(ハノーバーと和文記載されるが、ハノーファーの方が発音は近い模様)で6月11日から15日まで開催された。例年3月末だったが、今回の改革で6月開催となった。筆者は、20年近くCeBITに通っており、日本の電機メーカーばかりか、家電メーカーも出展していた頃を覚えている。CeBITは、産業展示会「Hannover Messe」(注:展示会場と同呼称)からIT分野を独立させた展示会だそうで、2000年頃はOA(Office Automoation)も出展対象だった。1月のInternationa CES(当時)の後、欧州で開催される初めての電気系展示会とあって、OA, ITばかりか家電、しかも白物家電まで現れた頃もあった。その後、携帯電話がMWC(Mobile World Congress)に移り、CeBITの来場者は激減した。2003年の時刻表(写真1)では全ホールが描かれているが、その後使用ホールは減っている。特に、携帯電話の展示で大賑わいだったホール25から27がCeBITで使用されなくなって久しい。幸い、今回、これらのホールの利用が復活した。10年ぶりにホール27に入った。
【写真1】2003年のDB(ドイツ鉄道)時刻表には、ホール27まで記されていた
2000年にCeBITに行った際は、Hannover市内のホテルからチャーターしたバスで移動した。その際、驚いたのは、高速道路(Autobahn)の反対方向の車線も使って交通をさばいていたことだ(写真2)。交通量に驚くとともに、柔軟な構造のドイツの高層道路およびその運営に驚いた。日本で、大イベントがあるから高速道路の反対車線も使うといことはあり得るのだろうか。この頃、まだ東西緊張の名残なのか、写真3のような標識が立っていた。久々にこの写真を見て、なだらかな起伏のドイツの平原を初めて見たとき、東から戦車群が走ってくることの恐怖が理解できたような気がしたことを思い出した。
【写真2】(a)アウトバーンの両方向を使って交通をさばく様子
【写真2】(b)なぜか、メッセ駐車場方向はガラ空き(共に2000年)
【写真3】戦車の速度制限?実は、重量制限らしい。陸橋の前に掲出されており、重量説に説得力あり。
少し前までは、ドイツの道路でこのような標識をよく見た(2004年Bremenにて)
公共交通機関を使って、バスと路面電車を乗り継いで移動したこともあった。この時は、会場まで1時間ほど掛かったし、週末はバスが走らず、駅からホテルまで数㎞歩いた記憶がある。最近は、混雑していないのでそこまで時間は掛からないだろうが、路面電車に揺られるのもなかなか大変だ。
これらの教訓は、「Hannover市内の宿泊は、移動時間が意外に掛かる」というものだった。当時の勤務先の先輩が「特急で通った方が楽だよ」と教えてくれた。それ以来、少し離れた町から鉄道で通うことにしている。使うのはドイツ鉄道(DB)。赤と灰色のDBカラーの列車に乗る。
CEBIT会場は、北口がトラム(LRT)の駅につながっているが、西口もDB駅(Hannover Messe / Laatzen駅)につながっている。ただ、ここはやや距離があり、400mほどを動く歩道を利用する。普段は、主として近郊列車(S Bahn)の停車となるが、CEBITの時期は特急(ICE)、急行(IC)他、種々の中距離、長距離列車が停車する。中には、LRTのような低床式のディーゼル列車(運営はerixx)も停車する。やってくる列車を眺めるのも、なかなか楽しい。
これまでは、CeBITが2月から3月開催だったので、晩冬もしくは早春のドイツをDBで駆け抜けていた。畑は作付け前の寂しい時期で、居並ぶ風力発電機ばかりに目が行った。今回は、初夏とあって、畑は緑、しかも、人の背ほどに作物が成長している。平和な北ドイツの景色をしっかりと目に焼き付けてきた。
じつは、Hannover Hbf(中央駅)のそばに、「お目当て」がいる。「ある」ではなく「いる」なのは、落書きなのキャラクターだからだ。これが、なかなか可愛い。初めて見つけたのは2009年だっただろうかか。二日酔い的な姿がよかった。毎回、この路線を通る間に目を凝らすと、同様なキャラクターがあちこちにいて、そのキャラの遭遇した状況を物語っている。一コマ漫画的なものだ。
このキャラは、何年もそこにいて、仲間を増やすこともなかったが、最近、ハノーファー中央駅周辺の再開発で姿を消し始めた。最も気に入っていた「二日酔い君(写真4)」は、2015年に姿を消した。彼(?)が描かれた壁は、長らく使われていない巨大車庫のものだったが、今では巨大物流センターとなっている。二日酔い君系の絵で唯一残っているのが、写真5だ。このキャラを見掛けると、決してお行儀の良い姿の相手ではないが、手を振りたくなる。
【写真4】ハノーファ中央駅車庫跡に描かれた「二日酔い君」(2014年撮影)
【写真5】今も残る、二日酔い君のお友達(2018年撮影)
これらのキャラの位置をGPS付カメラで収めようと思ってきたが、ICEの窓ガラスは熱線吸収のためか、金属が塗布してある模様だ。低い周波数は大丈夫だが、GPSの周波数帯(1.6GHz帯)を吸収してしまう。携帯電話も入りが悪い。幸い、スマートフォンは動作するので、こちらの位置情報(GPSが使えない場合、基地局との位置関係から推測している)を得た。東経9度43分、北緯52度23分。日本の最北端よりはるかに北だ。
晩冬のドイツだと、CeBITから帰る午後7時は既に暗い。写真を撮っても露出不足になってしまう。今回は、初夏のドイツ、撮影に十分な光量があった。CEBIT会場でも、長い日照時間を活かしたイベントが行われていた。会場には、有名な木造の大屋根(よく坂茂氏の設計と間違われるが、同氏は2000年万博の日本館を担当。この大屋根はドイツのHerzog + Partner BDAが設計とのこと)があるが、この前にかなりの面積の広場があり、ここを屋外イベント会場としていた。ステージが設けられ、夜にはコンサートが開催されたという(写真6)。また、この広場には移動式観覧車が設置されていた(写真7)。
【写真6】屋外展示場ではコンサートも開催された
【写真7】巨大な移動式観覧車。CEBIT会場が一望できる
「移動式観覧車」と言っても、欧米でよく見られる高さ5m程度の移動遊園地の観覧車ではない。高さ20mはあろうかという堂々とした観覧車だ。1周する間にスポンサー企業のプレゼンテーションを聞くことができる。プレゼン中に絶対に逃げられない、巧い方法を編み出したようだ。
CEBITで毎回感じるのは「ITの展示は難しい」ということだ。ITで解決する課題をどのように見せ、効果をアピールするのか。各社は悩んでいるからこそ、CEBITでの様々な探究が続いているのだろう。
CEBITは、近年、企業のプライベート・イベントを会場内で同時期に開催するようにしている。ここ数年は米国の有名ソフト企業がホールを借り切ってイベントを行っている(写真8)。
【写真8】米Salesfore社のイベントがホール9で開催された。ホール9は、3万㎡の広さがある会場有数のホールだ
特定の企業の展示を訪れる人は、課題、解法ともにフォーカスされたものであろうから、イベントは楽だろう。ただ、全くその世界を知らない人に対して発見をもたらすのは難しい。展示会の利点の一つは「犬も歩けば棒に当たる」ことだ。たまたま目に入ったものが、自分の問題解決に役立ったという例は多い。このような出会いを創出するのが展示会最大の利点だと考える。どうだろうか?
杉沼浩司(すぎぬま こうじ)
日本大学生産工学部 講師(非常勤)/映像新聞 論説委員
カリフォルニア大学アーバイン校Ph.D.(電気・計算機工学)
いくつかの起業の後、ソニー(株)にて研究開発を担当。現在は、旅する計算機屋として活動中。