アメリカ・ミシシッピ州で開催された、自動運転の社会受容検討のワークショップ「ROAD2018」(主催=ミシシッピ州立大学)に参加してきた。今年で3回目になる国際ワークショップは、自動運転をどのように社会に浸透させてゆくかを専門の研究者達が議論するものだ。2日間のワークショップでは、興味深い意見が多く飛び出したが、それ以上に興味深かったのは、アメリカ南部という場所そのものだった。
自動運転に関わる報道記事を目にしない日がないほど、話題になっている。自動運転技術が完成すれば、多くの人々は自動車を所有せず、移動サービス(MaaS=Mobility as a Service)を利用するだけになると考えられる。このため、社会に大きな変革が訪れると見込まれる。ただし、自動運転技術は、ある時に完成して、それが一瞬で世界に広まるものでははない。技術の進歩、社会の受容といった両方の面を考える必要がある。それを担うのが「ROAD」だ。2015年にドイツの古城の円卓で研究者達が議論したのがきっかけになり、2016年から正式に開催された。同年はドイツのイラーティッセン市(バイエルン州)で、2017年は名古屋で開催され、今年はミシシッピ州スタークビル(Starkville)となった次第だ。ホスト校はミシシッピ州立大学(MSU)である(写真1)。
【写真1】:「ROAD2018」の会場となった、The Mill at MSU。1902年にできた紡績工場をMSUが買い取り、会議施設にしたそうだ
日本人にとって、「ミシシッピ」の名前は、川の名前で記憶されているのではなかろうか。外国の人々が「フジヤマ」を知っていても、その場所は分からない。我々の「ミシシッピ」認識も同様かも知れない。
そのミシシッピに、そしてスタークビルに、どうやって到達すればよいか。地図を見ると、地元の空港は「ゴールデン・トライアングル・リジョナル(Golden Triangle Regional)空港」とある。直訳すれば「黄金の三角地帯。」何か、怪しげな名前だ。帰国時の税関検査で「どちらから?」と尋ねられて「黄金の三角地帯からです」などと答えたら、大変な事になりそうな名前だ。なお、この空港、IATAの略号はGTR、こちらは高性能のスポーティ車のような名前で、なかなか格好いい。
GTRを調べると、滑走路は1本、定期便は1日3往復という小さな空港だった。定期便はデルタ航空のみで、アトランタ(ATL)と結んでいる。日本からは、アトランタ直行便があるので、これを使えば乗り換え1回で到達できる。月曜日の講義を終えてから成田空港に駆け込んだ。
ところが、搭乗券を受け取ってびっくり。行き先は「コロンバス(Columbus)」と記されている。「あれ?オハイオ州コロンバスではなくて、ミシシッピ州のゴールデントライアングルなんだが」と思ったが、よく見ると「Columbus (GTR) 」とある。どうも、GTRは正式名はGolden Triangleでも、航空業界ではColumbusが通りがよいようだ。後で調べると、GTRはColumbus, Westpoint Starkvilleの3地域にサービスを提供する空港と連邦航空局(FAA)の資料にあった。3地域だからトライアングルだろうか。
では、行き先は「コロンバス」を探せば良い、とアトランタの空港で行き先表示板を見てまたびっくり。「コロンバス」だらけだ。(写真2)
【写真2】:アトランタ国際空港の発着表示には、いくつものColumbus空港が表示されていた
ジョージア州(略号GA)、オハイオ州(同OH)、ミシシッピ州(同MS)にコロンバスがあるようで、それぞれにフライトがある。これは、乗り間違ったら大変。そして、ゲートに行ってみると、隣り合ったゲートの片方はジョージア州のコロンバス、もう片方が目的地のミシシッピ州コロンバス(GTR)行きだった。今は、ゲートで搭乗券をスキャンして電子的に確認するので誤搭乗はないはずだが、ゲートを間違う人はいるだろう。「コロンバス行き」のゲートを固めたのは、その対策だったか?(写真3a, b)
【写真3】:(a)D33ゲートはジョージア州コロンバス行き
【写真3】:(b)D34ゲートはミシシッピ州コロンバス行きだった。間違える人がでても不思議ではない
GTRには、リジョナルジェットのベストセラーCRJ200(ボンバルディア)で到着。時差の関係で、アトランタ離陸後10分で到着するように見える。実際は、1時間10分のフライトだった。
ROADには約50名の研究者や業界関係者が世界各地から集まった。筆者は、「どこに自動運転を適用するか」部会の座長役をMSUのMatthew Doude氏と共に仰せつかり、議論の誘発とまとめを担当した。
参加者の意見がまとまったのは、自動運転は「3D」な分野から使われるだろう、というところだった。この3Dとは、Dull(退屈)、Dangerous(危険)、Difficult(難しい)だ。少し昔、日本で言った「3高」や「3K」的なまとめ方だが、皆の納得が得られた。一方、議論が紛糾したのが「どの国(地域)の導入が難しいか」だ。地元の人々は「アメリカは難しい」と言い、欧州の参加者は「欧州は難しい」と言い、日本の参加者は「日本は難しい」と言う。それぞれに理由が異なるのが面白い。ただ、いずれの国、地域も「高速道路からの導入だろう」というところは一致した。
今回、議論にはミシシッピのハイウェイパトロール(州警察)の制服組高官が参加した。規制立案、事故解析などの専門家達である。ミシシッピ州は、来年1月1日から、トラックによる半自動隊列走行が認められる。
州警察の担当者に「自動運転車両が暴走したときの捕まえ方を研究しているか」「ハイスピードチェース(高速で逃走する車両の追跡)用の自動運転車を開発してはどうか」などと持ちかけてみた。MSUとの研究が始まるかも知れない。
専門家議論で意外な適用箇所が紹介された。オフロードだ。共同座長のDoude氏が研究している。雪崩れ、土砂崩れ、洪水などの際に道路が道路でなくなってしまう。このような状況下でも、救助隊員を安全に輸送できる車両を目指しているという。ミシシッピ川の周辺だけに、切実感がある研究テーマと感じられた。
スタークビルは、人口2万4000人弱の小さな街。MSUの学生数は2万1000人。大学町と言えるだろう。ホテルから街中に出掛ける用事があって、配車サービスLyftを呼ぼうとしたが、ドライバーがいなかった(写真4)。ドライバーが見つからない町は初めてだ。ライバル関係にあるUberではドライバーが見つかったが、かなりの距離を走ってきて貰うことになった。Uber / Lyftといった配車サービスが、まだ「ふんだんにある」という状況ではないことが分かる。
【写真4】:Lyftで配車を依頼しても、取ってくれるドライバーがいなかった
帰国日、MSUが運行するバスでGTRまで行き、前夜から駐機していたCRJ200に乗り込んだ(写真5)。出発直前に、アジア系の老婦人が席を探していた。「ここがB席ですか」「そうです。あなたの席ですよ」(以上、英語)などというやりとりをしたら「日本の方ですね」と日本語で話しかけてくれた。40年ほど隣の州に住んでいるが、この空港は小さくて空いているので使っている、とのこと。娘さんが筆者と同年齢というのでお歳を想像してしまったが「アトランタからフロリダに遊びに行く」と非常にお元気な様子だった。別れ際に「あなたは、遠くに旅行するから持って行きなさい」とお菓子を頂戴した。そして、ゲートでのお別れの際、二人とも期せずして深々とお辞儀をしてお互いの旅の安全を祈った。周りの米国人が「あなたたち、何をしていたの」と興味津々に問う声、そして「これが日本人の挨拶です」と説明する老婦人の声が聞こえた。
【写真5】:GTRとATLの間を結ぶCRJ200。GTRはゲート一つ、滑走路一本の小さな空港だが、両方向のアプローチに使えるILS(計器着陸システム)を装備しており、運用の安定性は高そうだ
【写真6】:GTRで見掛けた公衆電話とTDD(聴覚障害者用通信デバイス)。本コラム第13回で記した音響カップラに久しぶりに出会った
杉沼浩司(すぎぬま こうじ)
日本大学生産工学部 講師(非常勤)/映像新聞 論説委員
カリフォルニア大学アーバイン校Ph.D.(電気・計算機工学)
いくつかの起業の後、ソニー(株)にて研究開発を担当。現在は、旅する計算機屋として活動中。