前回に引き続いて、CGと対話型技術の専門学会「SIGGRAPH ASIA2017」に参加するため赴いたバンコクでの話題をお知らせする。活気あふれるバンコクの街角には、そこにはテクノロジーにかかわるトピックスがいくつも見つかった。
羽田を発ったタイ航空機は、太平洋の西端を南西に下り、台湾の高雄の沖で「右折」、ここからほぼまっすぐインドシナ半島に向かう。ベトナム戦争の激戦地で知られるベトナム・ダナンの北から半島に入り、ラオスを横切り、タイ国内をほぼ横断した(写真1)。地図を見ると、バンコクは、タイランド湾に面した都市であるが、川の印象が強く、海に面した都市だとは、着陸直前に認識した。
【写真1】インドシナ半島を横切り、バンコクに至る
飛行機は、北から南に下って、海上で旋回して滑走路に向かう。着陸の各段階で表現すると「北東から南へダウンウィンドに入り、海上でベースに入り、更に海上にてファイナルに入る」といったところか。ダウンウィンドとは、滑走路に並行して最終進入の反対方向に飛ぶこと、ベースとは、ダウンウィンドの末端で90度旋回し、滑走路と直交する方向に飛ぶことを示す。ベースの末端は、滑走路の延長線上にあり、ここで旋回してファイナルに入るのが着陸の手順だ。ファイナルこそ「最終の着陸態勢」だと思っているので、機内のアナウンスで着陸の10分以上前に「当機は最終の着陸態勢に入っており」と説明があると、着陸寸前かと驚く。
初めて見るタイの土地は、広く平らだった。ファイナルを降下中に海岸線を見ると、海と陸の境目がよく分からない。日本の感覚だと、海岸線とは切り立つ崖があり白波が見える景色か、砂浜に波が寄せては引いている景色を思い浮かべる。タイでは、陸地と海と水路の区別が、空からはつけにくいのだ。初めて見る景色に見とれながら、B777-300ER機は着陸した。
空港から街まではタクシーを利用した。昔、この地に駐在していたメーカーの人は交通渋滞を教えてくれた。その前の世代の元駐在員の人は「オートバイの波」を語っていた。今回、そのように過酷な渋滞に出会うこともなく、円滑に街に入れた。高速道路には「EASY PASS」(写真2)と記された、ETCレーンがあり、料金所渋滞に巻き込まれることなく通過できた。ETCレーンの制限速度は時速30km、日本よりも高速で通過できる。
【写真2】高速道路には、ETCゲートが整備されている。背後に大きく携帯電話事業者の広告が見える
空港から、バンコク市内に向かう間、ずっと携帯電話基地局を探していた。基地局が専用のタワーを持つ例がよく見られた。高速道路沿いには基地局設置に適した建物が少ないのだろうか。面白かったのは、道路沿いの広告塔(ビルボード)に設置された基地局だ。まるで、鳥が止まったように、多くのアンテナが置かれていた。
空港の入国審査前の列に並んでいる間に、転換型の広告掲示板(ロールに巻かれた広告が窓に現れ、次々と入れ替わるもの)で、地元の携帯電話事業者が旅行客向けに8日間有効のSIMを販売していることを知った。8日間で299バーツである。データ通信容量は2.5GBytesあるようだ。これならば、現地で屋外を移動中に利用する分は十分だろう。
早速、ホテル前のコンビニに行き探したが、「旅行者用SIM向け、追加コード」を売るカードしか見つけられない。コンビニで尋ねると、電話会社のカウンターでSIMを購入する必要がある、とのことだった。
近所のショッピングモールに行くと、空港の広告で見掛けた携帯電話事業者のショップを見つけた。入口で、旅行者用SIMを購入した旨告げると、パスポートを持参しているかを問われた。持っている旨答えると、順番待ちの番号札を渡された。
店舗は明るく、多くの人が出入りしている。携帯電話機を探しに来たとおぼしき人達は、楽しげに店内を歩いている。サービスを待つ人達は、かけ心地の良いソファーに座り、スマートフォンに触れている(写真3)。
【写真3】地元の携帯ショップ。発売されたばかりのiPhone Xを受け取る人を何人も見掛けた
20分ほど待って、番号が告げられた。カウンターで、再度旅行者用SIMが欲しいと告げると、すぐに用意してくれた。2G(GSM方式)から4G(LTE方式)までの通信が可能で、データ通信は2.5GBytesまで。この携帯電話事業者が運営する無線LANサービスは無制限で利用できる。SIM購入後はコンビニ等で「追加容量」の購入が可能であること、使用する周波数帯は850MHz、900MHz、1900MHz、2100MHzなどの各帯域であることが説明された。開通手続きなどは、カウンターの係員が行ってくれる。すべては、スムースに進んだ。
一夜明けて、到着翌日は朝から学会のため活動開始。ホテルを出て、BTSスカイトレインの駅まで、100mほどを歩く。街の景色で驚いたのが「電線」が低く設置されていることだ。電信柱、といった柱はあるのだが、背が届く高さで歩道沿いに電線が据えられている部分もある。
何の線だろう、と思い近づくと、なんと光ファイバーケーブルだった。一般の通信用もあれば、ケーブルテレビ用もあるようだ。合計では、かなりの本数になる。今回見たのはアクセス線であろう(写真4)。全体ではかなりの容量になりそうだ。ブロードバンドサービスが進んでいることがうかがえる。実際、現地のホテルでネットにつないでも、通信に難を感じたことは無かった。
【写真4】架設された光ファーバーケーブルはかなりの本数で、通信環境が充実していることをうかがわせる
SIGGRAPH ASIAの会場となったバンコク国際貿易展示センター(BITEC)を初めてスカイトレインの駅(Bang Na駅)から眺めた時、手前に「怪しい」建物が目に入った。寺院を想わせる造りだが、屋根に乗る丸いドームはレドームに見える(写真5)。初日は、そのまま通り過ぎたが、2日目はもう少し観察してみた。
【写真5】レドームが載った謎の建物
その建物は、BITECに隣接する広大な土地の一角にあり、敷地には高層ビルも建っている。そして、そのビルの屋上にはいくつものアンテナが立っている。ますます、謎の敷地である。
3日目、昼休みにBITECの学会会場を抜け出して少し歩いてみた。スカイトレイン駅に上る階段の周辺には、バイクタクシーが何台も止まっている。どうも、人の往き来が活発な施設のようだ。駅より少し先に進むと、正門とおぼしき出入口があり、立派な紋章が飾られていた。タイ語は読めないが、幸いに半分は英語で記されている。「Meteorological Department」つまり気象局だ。紋章には電気(雷?)や風も描かれ、気象を感じさせるものだが、電気通信に関係あるようにも見えてくる。ともかく、この施設に多くのアンテナがあるのに合点がいった(写真6)。
【写真6】タイ気象局の紋章
SIGGRAPH ASIA2017は盛況のうちに終了し、次の東京大会に松明を渡した。2018年12月に東京国際フォーラムでの開催となる。CGに限らず、広い分野の技術者、アーティスト、研究者の参加が期待される。
バンコクは、近代都市であると同時に伝統も垣間見え、新鮮な感覚であった。東京から往きは6時間半、帰りは5時間半程度の距離であるし、時差は日本と2時間しかない。距離も感覚も近い場所とわかった。今回は、SIMを買いに出たのと気象局を見に行ったこと、そして地下道に描かれた「セーラー服オジサン」(日本のVR研究者:写真7)を見てきたのが、数少ない「観光」だった。次は、もう少し現地を巡ってみたいと思いつつ、スワンナプーム国際空港を離れた。
【写真7】VRの世界で有名な「セーラー服オジサン」が描かれた、地下鉄駅の壁画
【写真8】ショッピングセンターにアイドルが現れたそうで、多くのファンが「追いかけ」ていた。
入口は、金属探知機ゲートと警備員がいたはずだが、彼女たちにゲートは関係なかった。
杉沼浩司(すぎぬま こうじ)
日本大学生産工学部 講師(非常勤)/映像新聞 論説委員
カリフォルニア大学アーバイン校Ph.D.(電気・計算機工学)
いくつかの起業の後、ソニー(株)にて研究開発を担当。現在は、旅する計算機屋として活動中。