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Dr.スギヌマのITランダム・ウォーカー:ボーディングパスは語る
Dr.スギヌマのITランダム・ウォーカー:ボーディングパスは語る


ファイルの間から、染みが出たカードが出てきた(写真1)
ハガキよりも少し細長いそのカードはMEXICANA航空のボーディングパス(搭乗券)だった。これまでメキシコに行ったのは、1991年7月だけだ。25年以上前のボーディングパスが、搭乗券がITの変遷を思い出させてくれた。

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【写真1(a)】MEXICANAの搭乗券は、
IT化以前の時代を彷彿とさせる

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【写真1(b)】裏面には、同社の航路が記されていた

バックアップはシール

「メキシコ、1991年7月」これだけの情報で「!」と来る人は「日食マニア」の方であろう。91年7月11日にメキシコ(カリフォルニア半島)で、20世紀最長の皆既日食が観測できた(写真2)

00010_image03.jpg【写真2】1991年7月のメキシコのロスカボス国際空港(SJD)には、その夏最大のイベントである皆既日食を
イメージしたポスターが貼られていた(撮影:森田圭介氏)


せっかくのメキシコ旅行なのだから、と、日食後にはいくつかの観光地を回った。発掘されたのは、その旅の最後の区間の搭乗券だ。他の区間の記録はすべて無い。なぜか、最終区間だけが残っていた。

 搭乗券のスタイルは、現在とは大違いだ。便名はスタンプが押されている。座席番号の所は、染みが残っているだけだ。なぜ、座席番号が無いか。実は、無いのでは無くて、貼られたシールが落ちたのだろう。

 80年代前半にアメリカに旅行したとき、航空会社によっては、搭乗券の座席番号はシールが貼られていた。当時、IT化(という言葉は聞かなかったが)は急速に進んでおり、見る見るうちにシールは消えていった。ゲートのカウンターには、糊と鋏とシールが常備されていたのが、急激にプリントアウトに切り替わっていった。当時、アメリカの空港のゲートの机の下で動いていたコンピュータは、ミニコンピュータを1チップ化したもので、現在のPCとは完全に別種のものを目撃した。

 ある時、システムが落ちた瞬間に遭遇した。各ゲートの係員が一斉に「バックアップシステム」に切り替えた。そう、あのシールだ。それまでの甲高いドットインパクトプリンタの音が消えた。

 しかし、そのシールも80年代の間にアメリカからは消えたように記憶する。メキシコは、もう少し時間がかかったということか。このボーディングパスを発行したMEXICANAは、既に存在しない。数多い、消えた航空会社の一つだ。中には、Braniff航空やPan American航空のようにブランドが復活する例もある。メキシコのビールを飲む度に思い出すMEXICANAのブランドもいつか復活するかも知れない。

論理ゲートと物理ゲート

日食の頃住んでいたアメリカの町には、小さな空港があった。小さなと言っても滑走路2本、離着陸数全米5位(当時)という話を地元のニュース聞いた。「小さな」に矛盾する離着陸数は、自家用の小型機が利用するからだった。何しろ、この空港は滑走路が短く、150人乗り(当時)程度の機種がやっとだった。機内の通路が2本の広胴機は、就航していなかった。この空港がどうして全米5位なのか、疑問に思って空港の広報担当に電話したら返ってきた答えが「小型自家用機の離着陸を含めるから」だった。確かに、滑走路4本のロサンジェルス国際空港や同4本のサンフランシスコ国際空港で単発のプロペラ機が離着陸するのは見たことがない。一方、同じ滑走路4本のホノルル国際空港では、単発の自家用機が離着陸している。いずれも、「クラスB」と呼ばれる「混んでいる空港」扱いなのだが、小型自家用機に対するポリシーは違うようだ。

 さて、その小さな空港には、2つのゲートがあった。正確を期すためコンピュータ屋的に言うと「2つの物理ゲート、4つの論理ゲート」があった、となる。空港のフェンスの扉の一つには「Gate 1・Gate 2」と書かれており、もう一つは「Gate 3・Gate 4」だった。フェンスの扉という物理ゲートは2つ、割り当てられている信号という意味では論理ゲートが4つとなる。

 一つの扉が2つのゲートを共用しているから、同じ扉を通って2つの飛行機にアクセスできる。ボーディング・ブリッジなど使われておらず、タラップの前に行先が書かれた札が出ていたが、ゲート「共用」では乗り間違いを招く。よく、機内で「搭乗券の席番号が同じ」というときは、「誤搭乗」ということが多かった。登場前に、バーコードで搭乗券確認をしている現在では考えられないことだ。

 フェンスに自転車をくくりつけて、そのままフライトに出て行く、などという人もいた。湾岸戦争前の、のんびりした時代のことだ。

搭乗券に彩りを

以前は、搭乗券は各社なりのデザインを凝らしたものだった。それが、アメリカ系企業の影響か、とにかくコストダウンに走ったようだ。航空会社はアライアンス(提携)関係を結んでいるが、その間で共通利用を図るためか、白字の用紙に社名が印字されたものもよく見る(写真3)

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【写真3】最近の搭乗券の一例。情報は十分だが、情緒が無い


そう、印刷ではなく、プリンタで出力されたものだ。プリントは白黒だから、これが最も低コストかも知れない。紙も「搭乗券」といった少し厚い紙ではなく、感熱紙を思い出させるような薄い紙を使っているのがアメリカだ。事情通によれば、アメリカでは多くの航空会社が空港での窓口業務を外注化しており、カウンターの機材も航空会社のものでは無く、運用会社が用意したものが多いという。それを聞いて合点がいったのが、時間によって同じカウンターが、異なる航空会社のものとなっていたことだ。運用企業が同じなら、これは容易い。一方、運用側には白紙の搭乗券の方が会社を切り替えるとき紙の入替が不要で楽だ。コストも下がって、委託する側もよい。

 ただ、そのために、色合いが無くなってしまった。白紙に社名、便名だけではつまらない。欧州の航空会社は、まだ搭乗券に色合いがある(写真4)。欧州でも、窓口の業務委託は進んでいるが、搭乗券の彩りは守るのだろうか。

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【写真4】ドイツLufthansa航空の搭乗券(2008年)。
同社は、今でも美しい印刷を施した紙を使っている

People Expressの思い出

 そぎ落とした搭乗券で思い出したのがPeople Express Airlinesという今は無き航空会社だ。1981年創業で1987年に他社に吸収されているので短命な会社だが、アメリカの航空史に残る格安航空会社だ。1985年に一度だけ搭乗したことがある。機内のコーヒーが有料だったが「世界で一番美味しい機内コーヒーです。あなたが、飲みたいと思って買ったのだから」という意味の案内が出ていた。東海岸から西海岸に飛ぶ際、この会社を使ったのだが、出発数時間前に空港に行ってもカウンターには誰もいない。飛行機が着くと、フライトアテンダントがカウンターに座り切符を担当し、機長はX線検査機を担当した。その、余りにも徹底したコスト削減に感心した思いがある。
この時代のコストカットは、人の「使いまわし」だったようだ。今は、ITである。IT化を突き進めながらも、彩りを忘れない。今後は、そちらが求められてゆきそうだ。


00010_image06.jpg【写真5】ハノーファ国際空港(HAJ)に駐機する欧州各国の飛行機。
この後、欧州各社の機体塗装は派手さを増してゆく(2001年撮影)

ライタープロフィール

杉沼浩司(すぎぬま こうじ)
日本大学生産工学部 講師(非常勤)/映像新聞 論説委員
カリフォルニア大学アーバイン校Ph.D.(電気・計算機工学)
いくつかの起業の後、ソニー(株)にて研究開発を担当。現在は、旅する計算機屋として活動中。

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